『慰霊の日、追悼史跡巡り』延期のお知らせ。

2008年06月19日

城前自治会で企画していました『慰霊の日、追悼史跡巡り』ですが、自治会員にご不幸があり、役員と協議の末『延期』となりました。

これまで協力して下さった皆さんに感謝しつつ、新たな日程が決まりしだい、ご報告致します。


  

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宮城・岩手の地震。

2008年06月14日

災害は何時やって来るか分からない。朝からテレビを見ているが、20年前に岩手県一ノ関市に住んでいた私にとって、今回の地震は他人事ではない。

平泉の中尊寺の壁にも亀裂が入ったとのニュースを聞いた。世界遺産にも登録予定の歴史的な建造物だ。その建物の装飾には、琉球の夜光貝が使われている。源氏と琉球を結びつけるものとしても、注目されている建物だ。

しかし今は、人命救助が最重要な活動だ。これ以上の被害が拡大しない事を心から願っている。

一ノ関、花巻、福島、八戸、酒田。私の住んでいた東北各地がとても気になっています。
  

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6月23日『慰霊の日』。歴史を見つめ、想いを馳る日。

2008年06月13日 / 自治会の仕事

去年の『慰霊の日』は平和の礎に行って、歌を唄ったり、参拝者や観光客に沖縄戦についての考えを語ったりしてました。

今年は私の地元『沖縄市城前町』で、戦争により犠牲になられた方々の御霊を慰めたいと思っています。

また、6月23日はごえくグスクの王子で後の国王となった『尚泰久』の命日にもあたります。

ごえく在住で町の歴史に詳しい『仲宗根正雄』さんをガイド講師にお招きし、町の史跡を巡りながら歴史に想いを馳、平和の祈りを捧げたいと思います。


『ごえく城史跡巡り』
朝10時 城前公民館に集合。(参加費は無料)

ごえく城跡ーごえくの白椿ー尚宣威王の墓等の史跡を巡り、昼12時にごえく城跡(城前公民館)にて黙祷。


※皆様のご参加、心よりお待ちしています。

  

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手を合わせる。

2008年06月04日 / 琉球の歴史と習慣

ブログの更新は久しぶりだ。この間、仕事が終わってから後の時間、ずっと琉球の歴史に関する本を読んでいた。

歴史はいろんな事を教えてくれる。特に自分の住んでいる町の歴史を知ると、先人達に心から感謝したくなるし、町に対して誇りを感じてくる。

五百年前に、この場所にはグスク(お城)があった。

そして、そこから琉球の国王が誕生した。第一尚氏の『尚泰久』と第二尚氏の尚円金丸の弟『尚宣威』の二人だ。

尚泰久は琉球に仏教を広めた国王だ。在任中に23の鐘を造り、各地に寺を建造し建立した。

『万国津粱の鐘』は首里城に建立され、琉球国の存在意義を表明する内容の漢詩が鐘に刻まれた。

『津粱』とは『架け橋』という意味だ。琉球が正にアジアの架け橋になることを、高らかに宣言したわけだ。

尚泰久が造った鐘は私の住んでいる町にあった『ごえくグスク』にも建立され、この地で鐘の音が高らかに打ち鳴らされたのです。(寺以外に建立されたのは、首里城とごえくグスクだけです)

一方、もう一人の国王『尚宣威』は、在任僅か半年でクーデターに巻き込まれ、ごえくの地に戻り、ひっそりと死んで逝った『悲劇の王』なのです。

先日、『尚宣威王』の末裔の方が、私の勤める公民館を訪れ「尚宣威王の墓参りがしたいので場所を案内して下さい」と申しでた。

私は喜んでお墓を案内した。国王の墓とは思えないほどの劣悪の環境の中に墓はある。違法投棄の電化製品が辺りに散乱し、私もボランティアとして清掃活動を続けているが、いつになっても改善されない。行政はもっと歴史を重んずるべきだと思う。

案内した方と二人で、墓前に手を合わす。心地よい気持ちを感じ、私は私にできることを行い、先人達の供養をしていきたいと心に誓った。

尚泰久について調べたところ、彼の命日が6月23日であることが分かった。その日は沖縄戦の組織的戦闘が終結した『慰霊の日』と重なる。偶然なのだが、私はその日に歌を通して追悼したいと思っている。
  

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鳥肌がたった!琉球の歴史に触れた瞬間。五百年の時を翔び越え。

2008年05月21日 / 琉球の歴史と習慣

私が勤めている『城前公民館』は、ごえくグスクのあった場所だ。

『ごえくグスク』は、今から五百年程前に、後の琉球国の国王となった『尚泰久』が王子として居を構えていたお城で、琉球の歴史を語る上で貴重な場所だ。

しかしながら、第二次世界大戦で、お城はことごとく破壊され、戦後はその城壁などが、地域の開発のため埋め立ての土砂として使用されるなど、跡形もなくなり、歴史の中に埋没した形となってしまった。現在、『ごえくグスク』を語る人は非常に少ない。

その跡形もなくなった場所に戦後築かれた住宅地が、私の町『城前町』だ。縁あって私はこの町の自治会長として働いている。

最近、公民館の斜め向かいにあった『紙工場』が老朽化のためにとり壊された。

私は歴史ある場所なので、『感じる』ものがあり、教育委員会が管轄する郷土歴史文化資料室に連絡を入れ、「更地になった土地の調査を行なってほしい」と、調査員の派遣を要請した。

その日の内に調査員は、下見のために公民館を訪れてくれた。私は更地となった場所を案内し、調査員とこの場所に関する歴史を語り合っていた。

しばらくすると調査員が、そこに落ちている『石ころ』らしき物を見つけ、写真を撮り初めた。彼はその『石ころ』を手にとり、見つめながら私にこう言った。

「自治会長、これは五百年前の中国の磁器の破片ですね。二十年前に城前地域から発掘された物と同じ型ですね。琉球王国時代の中国との貿易の中で、王族に与えられたものでしょう。」と、力強く語ってくれた。

私は調査員から、その磁器の破片を手渡され、自分の手のひらにのせてみた。

それは、大きな感激を覚えた瞬間になった。五百年の時を超越し、琉球と中国の築きあげた関係を証明する品が、今私の手の中にあるのだ。

興奮を抑えることなどできなかった。「たしかにこの場所には、歴史上重要な、ごえくグスクがあったんだ。今私はこの地に立ち、先人の影響を受けて生きているんだ」と体感することができた。

先輩の方々や歴史書などを通じて、知識として認識していた『ごえくグスク』の存在が、学んできた知識を飛び越えて、私の魂を揺さぶって確信を与えたのだ。

調査員は「歩いただけで、すぐ見つかるということは、この土地を発掘調査すれば、さらに貴重な歴史品が発見できると思います。市として地主さんに交渉したいと思います」と語ってくれた。

琉球王国は海洋国家として、様々な国と交流を交わし、みずからのアイデンティティーを確立した、偉大な国だったのだ。その苦労に心から感謝しなければいけない。

簡単に『チャンプルー文化』の一言で語ることなど、先人達に失礼にあたると思う。

先人達はどんな想いで、海を渡ったのだろうか。想像すれば分かることだろう。

私は更に歴史を探求し、先人から学び、それを次世代に繋ぐ役割があると痛感したのでした。



※6月23日『慰霊の日』に沖縄戦戦没者への追悼イベントを企画しています。詳細は後日、発表します。



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国指定重要無形文化財(国宝)と、語り合う。

2008年05月19日 / ROCKな独り言

最近、いろんな人と交流を持つことができている。人と人との繋がりは一番の宝物だ。

南部からコザに来ている『マーシー』という、かなり個性的な若者が、(彼との出会いに感謝している)人間国宝で組踊の舞踊家『赤嶺正一』先生を紹介してくれた。

『人間国宝』っていうと、庶民のレベルとかけ離れた世界にいると思っていた。ところが赤嶺先生は気さくな方で「すべては我が師匠」と語り、若輩者の私の言葉にも、しっかりと耳を傾けてくれた。

一芸に秀でた人は『器が大きい』と実感した。

両手をひろげ、先人と自然に感謝し、祈るポーズは、舞踊家として築きあげた『凄み』を感じることができた。

会話の中で共通した認識が『大は小を兼ねる』ということだった。

舞踊の世界でも、手や足を大きく動かすそうだ。「大きな表現ができて、はじめて細やかな表現ができる」と赤嶺先生は語ってくれた。

私も赤嶺先生に音楽に関して話しをした。「声もデカイ音量を出すことが出来て、初めてささやく声がはっきり通るようになるんです。」赤嶺先生も納得してくれた。

更に、音楽も踊りも下半身が大切であること。心と体の奥底から込み上げてくる感情を爆発させること等で、共通の認識を持つことができた。

発声のしっかりした赤嶺先生と、マイクなしでカラオケを一緒に歌った。赤嶺先生の声は力強く、突き抜ける声だった。歌い終わって自然と互いを抱きしめあった。国が指定した方かもしれないが、私の中では、先輩として友人として、『私の宝物』になった瞬間だった。

どの世界でも究めた人は奥が深い。青二才の私は、まだまだ修行の身である。出会いに感謝だ。

  

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ありえない、男三人の座談会実現。97才と91才そして44才。

2008年05月17日 / 自治会の仕事

公民館は地域に住む自治会員の皆さんが集う場所です。

自治会長としての事務処理的な仕事以外は、私はなるべく多くの自治会員の皆さんと、触れ合うように努めています。公民館をオープンにしコミュニティにすることが、私の願いです。

お昼に自治会員で、91才になるTさんが、公民館へやって来ました。用件は、「自宅前の外灯の電球が切れているので修理してほしい」とのこと。

「電話で済むことなんだが、自治会長の顔が見たくてやって来たよ」という、Tオジーの言葉がとても嬉しかったです。

91才といってもTオジーは並の高齢者ではありません。今だに愛車『クラウン』を乗り回し、ゴルフもコースをラウンドする。(ゲートボールではありませんよ)。社交ダンスにも通い、Tオジーと踊りたがる女性は沢山いるとか。背筋もしっかり伸びて『凛』としています。毎日、自宅の畑を耕し『自給自足』の生活を続けている、スーパー爺ちゃんなのです。

Tオジーと話しをしていると、Mオジーが公民館にやって来ました。

Mオジーは今年なんと97才になります。絵を画くのが得意で、四月の『公民館文化祭』にも、たくさんの絵を出展して、来館者の感動をよんだばかりです。

Mオジーも自転車を乗り回し、自分の必要な物は自分で買い物に出掛けて揃える、自立するスーパー爺ちゃんなのです。

Mオジーの用件は「葬式の見積り金額を出してほしい」というビックリするものでした。元気なうちに、子や孫に迷惑がかからないように、お金を準備したいと話してくれたのですが、、、。

それを隣りで聞いていた91才のTオジーは97才のMオジーに「おじいちゃん(オジーがオジーをそう呼んだのだ!)、私たちは120才まで大丈夫ですよ。葬式のことは考えなくてもいいんじゃないですか」と、話しかけた。

そこから会話が始まって、公民館の椅子に腰掛け、『ありえない、座談会』が始まりました。

私は今年、44才になりますが、私の倍以上を生きてきた、90代の男性、しかも二人の方と会話する時間を持つことになったのです。こんなことは滅多にありませんし、大きなチャンスです。私はこの機会に色々なことを聞きたくなって二人に質問をぶつけました。

最も聞きたかったのは『戦争体験』です。二人とも戦争当時、20代から30代の頃で、軍隊に召集され、東南アジアの激戦地を戦った経験がありました。

Tオジーは、フィリピンでのことを語ってくれました。「フィリピンでは食糧がつき果て、現地の人間を殺して食おうと、隊長の命令が出て、私が山を歩いている現地人を狙撃する責任なった。ためらいながらも発砲したが、太股にあたり狙撃に失敗した。人肉を食うことは嫌だったので、山で犬を見つけ、それを生け捕りにして持っていった。隊長は犬を食ったほうが、まだましだと、逆に私を誉めてくれた。その後、私たちは犬やカエル、ヘビなどを捕まえて飢えをしのいだ。あの時に、狙撃に成功していたならば、殺した人を食っていたかもしれない。事実、ほかの部隊の日本兵は人肉を食っていたと、私に話していた。」

戦争体験者の語る、リアルでヘヴィな体験談だ。返す言葉が見当たらない。じっと聞きいった。

一方、Mオジーはタイで経験したことを話してくれた。「タイの山奥で戦っている時に、タイの女性が食糧をもって私たちを誘惑してきた。噂ではタイの女は簡単に抱けると評判だったが、それは敵の罠で、女の誘惑に負けて山奥に行った連中は皆殺しにされて、帰って来なかったよ。私は我慢したから助かったさ。」と語ってくれた。

その他にも、貴重な体験談をたくさん聞くことができたのですが、ブログで発表するよりも、『慰霊の日』の追悼イベントで生き証人として、実体験を話してもらった方がいいと感じたので、二人のオジーが了解して下されば、イベントのプログラムに組み入れ、その時に実体験を話して頂きたいと思っています。

お年寄りは宝ですね。でも私たちは単に敬うだけではなく、彼等から学びとる必要があるのではないでしょうか。

それは、お年寄りの言葉に耳を傾けることから始まると信じています。

一時間半程の、ディープな『座談会』は終了し、二人のオジーは笑顔で帰っていきました。

帰り際、Mオジーが「年寄りの話しは、つまらないだろう?」と、私に声をかけました。

「とんでもないです。今日は話しクヮッチー(話しのご馳走)になりました。また、何時でも話しを聞かせて下さい」と正直に答えたのです。


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自治会長はワンマンではないよ。言いたいことを言わせてくれよ。

2008年05月16日 / 自治会の仕事

私は地元で自治会の会長を務めています。

『会長』っていうと、組織の頂点に立ち、偉そうにしている。と思われる人もいるかもしれませんが、実際、『会長』の職は全体の意見をどのようにして『まとめ上げる』かで、とても苦労する事が多い仕事です。

組織もしっかりしていて、自治会長が単独で決定できない仕組みが取られています。

ちなみに、私の自治会の組織の構成を紹介しましょう。

まず、私を補佐する『総務部長』や『書記』。重要事項について審議する『運営審議委員』。各班の地域の代表者である『評議員』。そして、長老でお目付け役的な『顧問』。経理をチェックする『監査役』と、総勢三十名以上の役員体制で、自治会の舵取りを行なっています。

そして、このメンバーで毎月一回の『役員会』を開催します。

この場で、自治会の運営や公民館のスケジュールが決定され、自治会活動に反映されます。全会一致が理想ですが、最終的には過半数をもって、重要事項が決定されていきます。

また、年に一回の『総会』があり、選挙で選出された自治会長の承認が行われます。(選挙は二年に一度です)

その『総会』の場に於いて、自治会にとって不適当だと思われる『自治会長』を罷免する、つまり解任することも出来る訳です。

ですから、自治会会長は個人の欲や名誉のためにその座にしがみつくことなど出来ない仕組みの中で、自治会員の意見を尊重しながら、その職務を全うしてゆかなければならないのです。

去った四月に私は、公民館で個人主催の『公民館文化祭』を開催しましたが、それも、自治会の中でしっかりと承認されて行なわれた地域の文化活動でした。

自治会長の私も会員の一人として公民館を使用する権利が当然あります。ですから私は、他の会員の皆さんと同じく、公民館の使用許可や目的を役員会に報告し、正式なルールに基づいて『許可』を得ました。

四月に開催された『公民館文化祭』は、役員会の場でも評価を頂き、毎年の自治会の年間プログラムに盛り込まることが決定しました。

これも『文化祭』のために立ち上がった、すべての関係スタッフ、皆さんの協力のお陰です。誠にありがとうございました。

『文化祭』を開催するにあたり、一部の方に誤解を招いたり、コミュニケーションの不足などで、不快な思いをさせるような時もありました。そのような事に関しては、深く謝罪いたします。悪い点は改善してゆく所存です。

私はこれからも、地域に住む自治会員の幸せのために、自治会長として努力していきたいと思っています。



あ〜すっきりした。




※6月23日の『慰霊の日』に、戦没者に哀悼の意を捧げ、地元の沖縄市の歴史的遺産の地を巡り、最後は公民館で『音楽慰霊式ライブ』を開催する計画を考えています。詳細が決まりしだい報告します。
  

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沖縄の少年。5・15に想う。

2008年05月15日 / 社会と時代

昭和47年5月15日。僕は小学2年生だった。その日は今でも、はっきりと覚えている。

朝礼で校長先生が話している。「今日から沖縄が日本に帰って来ました。日本人としての第一歩を踏み出す、特別な日です」

授業では『日本の円の使い方』を担任の先生から、教えてもらった。五円玉や五十円玉に穴が空いていたのを見た時は驚き、「こんなおもちゃみたいなお金が本当に使えるの?」かとも思った。

もらったばかりの、おもちゃの様な円を握りしめ、僕はいつも通っている家の近くの駄菓子屋に行った。

リグレーのチュウインガムとハーシーの銀チョコ二つ。瓶入りのRCコーラを一本買った。10セントあれば足りる値段だ。

店のオバーに「今日から日本だから円を使うね」と自慢しながら、10円を手渡した。

するとオバーが困った顔をして大きな紙と、にらめっこし始めた。

その紙は『ドルと円の換算レート表』で、オバーは一生懸命に計算していた。

数分後、オバーは「円に直したら、いくらになるか分からんさぁ〜。面倒臭いからね、あんた、おうちに戻って10セント取りに帰ってちょうだい」と言われた。

小さいながらも僕はオバーになんだか悪いことをしたみたいで、急いで家に帰り、母に「お母さん、まだ円が使えないみたいだから、ドルじゃないとお菓子が買えないみたい」と話した。

母もドルと円が、ごちゃまぜになった財布から、10セントを出して「まだ早かったみたいだね」と納得して、呟き、僕の手のひらに使い慣れた古びたコインを置いた。

僕は駄菓子屋に戻り、オバーに10セントを手渡すと、オバーは安心したかのように、商品を僕に手渡してくれた。

僕はまだ幼く、沖縄が日本に返還されるのが、どういう意味を持っているのか知るよしもなかった。

ただ幼いながらにも、大きな時代のうねりが近づいていることと、お菓子を一つ買うのに、これだけのエネルギーを要するほどの社会がやって来たんだ、ということを小さな体で実感したことを覚えている。

本土復帰した時に大人の人たちは「これで沖縄にも、自由と平和が訪れる」と言ってくれた。「あなた達が大人になって、日本に復帰できて良かったと、必ず思う日がやって来ますよ」とも言われた。

あれから36年。僕は44才になった。海洋博で自然をぶっ潰して大きなイベントを開催した沖縄。公共工事が増え道路も整備された沖縄。島の周りを護岸工事して、砂浜も消え去った沖縄。無くなると思っていた米軍基地にプラスして自衛隊まで来てしまった沖縄。

僕らの『祖国』とは何処だったのだろうか?僕らは本当に帰ってきたのだろうか?

あれはきっと日本復帰ではなく、『日本への再編入』だったのではないのだろうか。

アメリカの統治下で苦しみ、日本を祖国だと信じて疑わず、純粋に復帰運動に携わった先輩の皆さんには申し訳ないが、独立運動や自治権獲得運動をすべきではなかったのかを、僕は考えてしまう。

今は大きな米軍に関しての事件が起こらない限り『怒りの拳』を挙げなくなった沖縄。その『怒りの拳}さえ、情報操作や政治や財界からの圧力で、短期間の内に弾圧され、それさえも分からないでいる、ウチナンチュ。

僕から言わせると流行語の様な言葉、「フリー、チベット」。あれには正直あきれてしまう。

チベットにはチベットの戦いがあって、沖縄には沖縄の戦いがあるんじゃないのかと思っている。

チベットの人が逆に「フリー、オキナワ」とでも言うと思っているのだろうか?

彼らは彼らの戦いで精一杯のはずなんだ。ならば沖縄は沖縄の戦いで精一杯にならなければ、いけないはずなんだよ。

各々の地で各々の戦いを展開することが、最終的に「フリー、地球」になると信じている。

僕は、38年前に大人の人から言われた、あの言葉を忘れない。

「日本に復帰して良かったと思える日が必ずやって来ますよ」

僕は復帰の時代を生きてきた『おきなわの少年』として、その言葉をまだ実感できないでいる。

駄菓子屋のオバーが戸惑っていた様に。僕はあの日から、まだずっとさ迷っているんだよ。



※6月23日『慰霊の日』に、何かやります。僕にできる行動を僕は展開します。近いうちに発表します。
  

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墓そうじ。先祖がいるから俺がいる。

2008年04月30日 / 琉球の歴史と習慣

昨日は清明祭(シーミー)のために、父や祖母、代々の先祖が眠る墓に行って手を合わせてお祈りしてきた。

俺は沖縄の年中行事である『清明祭』が大好きだ。お墓に一族が全員集合して重箱に入れてきたご馳走を頂き、先祖に感謝を示す。なんて素敵な行事だろう。宗教や思想を超えた、沖縄の伝統行事に誇りを感じるよ。

その中でも一番すきなのが墓そうじだな。旧暦の七夕の時期と合わせて、年に二回行なう墓そうじがたまらなく好きなんだ。

墓は高台にあって、真正面には、我が祖先の地『久高島』が見渡せる。きれいになった墓から見つめるロケーションは最高だ。

先祖に思いを馳、歴史を学ぶ。先取りばかりの情報化社会の中で、本当に大切なものは何かを、歴史は教えてくれていると感じるんだ。俺は琉球に生まれてきて、幸せ者だな。



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Posted by 内間 満 at 16:29Comments(0)

改めて「ありがとう」。

2008年04月28日

フリーアナウンサーの吉澤直美さんが、『webマガジンryuQ』で、文化祭の特集記事を書いてくれた。記事や写真を見ると「やってよかった」と改めて思った。

文化祭が成功に終わったのも、関わって下さった皆さんのお陰だ。一人ひとりに感謝したい。

これからも地域を大切に、地域の人々のために、努力していきたい。

みんなの幸せが、自分自身の幸せなんだ。



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9・11は終らない。

2008年04月27日 / ROCKな独り言

先週、PTAの歓送迎会があった。一人の父兄と話し込んでしまったね。彼女は今、パートタイムの仕事をこなして二人の子を育てているそうだ。

俺は何気なく「以前はどんな仕事していたの?」と質問した。

彼女は「以前はバスガイドをやっていたけど、9・11のテロの後で修学旅行などのキャンセルが続出して、会社から解雇されたんだよ」って答えた。

それから今まで苦労して子育てしていると聞いた。

9・11はまだ終わっていないね。俺はそう感じたよ。

遠い所の出来事が沖縄に直結しているんだな。やるせないよ。



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thanks先輩。

2008年04月24日 / ROCKな独り言

俺はロックンローラーだから、単純な人間だ。一日でも俺より先に生まれた人は「人生の先輩」だから、敬語を使う。反対に年下は後輩として可愛がるし、敬語なんか使わない。

ロックンローラーは基本的に体育会系なのだ。上下関係を重んじる。

さて昨日、久しぶりにある先輩からメールが届いた。俺の新しいCDが欲しいとのことだった。先輩は俺のブログをスーミーしている訳だ。有り難いね。

thanks先輩!

俺は元気にやってますよ。CD、早速送ります。



  

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CD『ごえく城からこんにちは』に関する思い。

2008年04月23日 / CDの紹介

今年の三月に、俺の音楽の相棒と久しぶりに再会し「音源を残そうぜ」ということになって録音をした。

デジタル時代に逆流するかの如く、カセットテープで録音したよ。アナログの音は落ち着くね。ヒスノイズが入っていても俺はアナログの音がたまらなく好きだね。

今回のCDのテーマは『自分の町への思い』『若者へ向けた言葉』『お年寄りへの感謝』だったね。

アコースティックギターを中心にシンプルに録音したんで、メロディーや歌詞の力が試されるものになった。

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ひたすら転がる。

2008年04月22日 / 歌詞の紹介

難しい理屈や、わずらわしい人間関係は懲り懲りだ。
俺はシンプルにROCK‘n ROLLするよ。
15歳の時、初めて書いた曲がある。44歳になった俺を励ましてくれる唄だ。
30年前の曲でも俺の中では色褪せないな。


    『石を転がせ!』  作詞・作曲  内間 満

BABY 弱音を吐くんじゃないぜ あいつらを見てみなよ
ジジィになってもまだROCKを離さないぜ
いかれたハングリー ロックンローラーさ
だから おいらも負けはしないさ

あたりかまわず 石を転がせ
あたりかまわず 石を転がせ

BABY シャウトしてみせなよ 唾を吐き出せよ
死んでもロックンロールを連れてくぜ
淋しい天国でロックンロールさ
だから 俺は突っ走るのさ

あたりかまわず 石を転がせ
あたりかまわず 石を転がせ

BABY ナウなミュージックじゃないぜ 魂をむきだせよ
ロックは俺に真実だけを語るのさ
いかした俺の相棒さ
だから 俺は唄いまくるのさ

あたりかまわず 石を転がせ
あたりかまわず 石を転がせ

あたりかまわず 意志を転がせ
あたりかまわず 意志を転がせ



この曲を歌えば、いつでも15の頃に戻れるね。
ジジィになっても俺は唄い続ける。





  

Posted by 内間 満 at 22:40Comments(0)